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青森県津軽の「小林農園」。親から子へ受け継がれる農業を温故知新で切り盛りするアグリ・パパ

年間を通して冷涼な気候が特徴の青森県東津軽郡外ヶ浜町蟹田地区。冷夏になると、農作物の生育が遅れ、経済状況に大きな打撃を受ける地域です。かつては青森県出身の文豪・太宰治が自身の小説「津軽」に「蟹田って風の町だね」と記したことでも知られています。 そんな風の町、外ヶ浜町蟹田地区において専業農業を営んでいる家族があります。

「小林農園」

代々受け継がれている農業を継いでいるのは、小林辰徳さんです。昭和63年生まれ、日本のスーパースターでもあり、米メジャーリーグ・ニューヨークヤンキースのエースを務める田中将大投手と同学年のアグリ・パパです。

小林農園 小林辰徳さん

高校卒業と同時に地元で専業農家として従事したのが辰徳さんです。読んで字のごとく、常勝読売ジャイアンツの原辰徳監督と同じ「たつのり」と読みます。 物心ついたころから畑仕事が生活の一部だった辰徳さん。両親と2人の兄。休日は家族一緒に畑仕事をするのが当たり前だったそうです。

高校卒業後、父である忠幸さんの指導の下、18歳から農業に携わってきました。2010年、22歳の時に結婚し、現在は4人の娘さんを育てるパパでもあります。

辰徳さんの農業でのモットーは「効率的な農業経営」です。利益や作業効率など、家族全員がムリせず働ける環境づくりに大きなこだわりを持っています。例え昔から栽培していた野菜であっても、収入と支出のバランス、そして作業効率の面を分析して辞めるものは辞める、続けるもの増やすものは全力で増やすことに注力してきました。

忠幸さんもまだまだ働けるといっても、すでに70歳を超えています。ヤンキース田中投手と同じ31歳が一家7人を背負っているのです。生半可な覚悟で農業に従事している訳ではないことが伝わってきます。

小林農園の農業とは?

小林農園の農業はめまぐるしく変わります。過去には人参やじゃがいも、キュウリなど様々な野菜を作付けしていました。近年では作業効率などを重視して、より収益につながる作物を中心に作付けしています。

主力となるニンニクはホワイト六片です。JA経由での出荷と直売所、規格外になるものは黒ニンニクや乾燥ニンニクチップ、黒ニンニク味噌などに加工して未利用部分、廃棄コストを削減しています。

秋から冬口にかけては漬物の材料でもある赤カブがメイン。キロ袋売りとして直売や道の駅での販売を行っています。赤カブも規格外を漬物に加工できるため、ニンニク同様、未利用部分が少ない野菜です。

春先から秋にかけては「長ネギ」です。その他にもハウス栽培のミニトマトやトレビスなどの野菜も作っています。 野菜以外では、花壇用の花を地域自治体や小学校、中学校への出荷用に栽培しています。お盆のお参り用に切り花も作付けするなど、野菜以外の生育にも強いのが特徴です。


小林農園を支える家族

小林農園は辰徳さんだけで運営している訳ではありません。父であり先代の忠幸さんと母である敬子さんも小林農園で息子である辰徳さんに技術を伝えながら働いています。

先代は元JAの農業指導員の兼業農家 小林忠幸さん

先代の経営者である小林忠幸さんは、もともと農業指導員として青森県内の農家に、農法指導などを行っていました。JAや共済連など、様々な職種でリーダーシップを発揮してきた頭脳派農家です。 サラリーマンを退職し、これまでの経験を生かして農業一本で生活を始めたのは、辰徳さんがまだ小学校に上がる前のことでした。学校から帰ればお父さんが畑仕事や収穫した野菜を梱包している。そんな光景が当たり前だったそうです。 「子供だったので、やっぱり遊びたいんですよね。上の兄2人も夜の梱包を手伝っていました。交換条件というか給料的なニュアンスで、テレビゲーム1時間ずつで夜9時くらいまで働いていましたよ(笑)僕は小さかったので、手伝いというか作業場で遊ぶ感じでした。」 小さいころから野菜に囲まれて生活してきた辰徳さん。家族で働くことが当たり前の光景だったのですね。

冬は母が強し!加工販売で家計を助ける小林敬子さん

母の敬子さんは、蟹田地区でも有名な肝っ玉母ちゃんです。小林家に嫁いでから、自分で稼ぐため、家計を助けるために加工品の販売に商機を見出します。 青森県の冬は農閑期です。畑はもちろん田んぼまで雪で埋まり、雪中人参などの特殊な農法で採れる野菜もありますが、小林農園では行っていません。そんな冬の収入源として着目したのが、青森県のソウルフードである「漬物」です。 特に「赤カブの漬物」は、青森の食卓には欠かせない「色」であり「母の味」でもあります。この赤カブの漬物をなんとか商品化し、冬の収入源として確立しました。地元蟹田地区にある道の駅にも出荷している人気商品なのだとか。 また、革新的な戦略を思いつくのも敬子さんなのだそうです。効率的な作付け計画などは、敬子さんの考えを大幅に取り入れることが多いそうです。 「母の思考は常に先を行っています。昔ながらの農家というよりも、常に新しいこと、新しいものを挑戦する姿勢は、兄弟3人とも母からの遺伝だと思っています(笑)」

課題は冬の農業

小林農園の課題は、やはり「冬の農業」です。負担となるのは「雪」です。自宅から1キロ程度離れた畑には、農業用道路を使わなくてはいけません。しかし、雪が降ると除雪用のブルドーザーをも阻むため、雪が解けるまで、畑に行けないのです。 また、ビニールハウスの管理も大変です。雪が降る前に、ビニールをすべて剥いでしまわないと、雪の重さで穴が開いてしまいます。ビニールといっても、強化ビニールで大きなものは結構な値段。余計な損害を受けないために、毎年冬前のビニール撤去作業が恒例です。 雪かきも冬の農業を妨げる作業です。屋根はもちろん、自宅前の雪かきはほぼ毎日なのだとか。家族で役割分担を決めていても、雪かきは家族総出で行うそうです。最近は、重機を使って効率的に行ってはいるものの、屋根から降ろした雪は手作業で撤去しないといけません。 こうした雪国のリアルが、青森県の専業農家なのです。農閑期で収入がない状態でも家族7人が暮らしていけるような効率的な農業戦略が求められているのです。

フリーランス農家を20年前から実践してきたノウハウが時代と地域を切り拓く

忠幸さんの時代から、JAや市場だけに依存しない「フリーランス経営」を実践してきました。長年の営業や高い品質の野菜など、積み重ねで消費者から信頼を得てきた小林農園。近年は外ヶ浜町のスーパーや道の駅、青森市のスーパーなどへの出品もしていました。

現在は作物ごとにJA流通や直販などで、より効率的に収入ベースを高めています。インターネットによる販売はまだ着手していませんが、今後必要になると感じているそうです。

「農業しかしてこなかったので、どっちかというと、古い考えなのかも知れません。父や母のような、戦略という部分ではまだまだ勉強不足と思っています。両親の考えやこれまでの経験をきちんと自分なりに解釈して、現代のニーズにマッチした経営戦略をとっていきたいと考えています。」

農閑期といっても経営者である辰徳さんがゆっくりできるのは、12月中旬の赤カブ出荷後~1月末までの1ヶ月半です。2月からは春の収入の柱でもある花壇用の花や、野菜苗用の種まきがスタートします。行政や農業指導のセミナーなどで知識のアップデートもしなくてはいけません。1年365日が勝負。

まさに温故知新、「故きを温ねて新しきを知る」を実践している辰徳さん。今後の展開が楽しみな農家さんです。

逸品グルメではそんな小林農園さんを応援しています!頑張れ小林農園!頑張れアグリ・パパ!